ヒアラタ制作所は、小さなギャラりーである。

まだ手を加える前、この場所を訪れたとき、とてもここが作品を展示できるような場所になるとは思えなかった。
壁には無数の穴があき、床ははがれ、立てつけてあった棚にはほこりが溜まっていた。目の前に見えるものだけで、意欲が衰えていった。
(私にはまだ見えてなかった)

予算がないから、お金をかけることができない。
出来るだけ自分たちでやると決め、慣れない左官工事を家族で行なうと決めたとき
恵庭にあるギャラリーのオーナーと、そこにアトリエを構える作家が手を貸してくれた。
慣れない左官工事は、思ったとおり手際が悪く、慣れるまでに時間を要した。
その間、黙々と大きな壁を仕上げてくれたその作家の手さばきは、実に見事だった。
1日で壁一面が白い輝きを取り戻し、呼吸しているかのようで本当に見違えた。
(それでもまだ見えてなかった)
その後、外観を塗装し床を出来るだけ磨き上げた。
こうしてヒアラタ制作所は誕生した。

企画展を行なうと決めたとき、前から好きだった森ヒロコさんの銅版画展の話しが持ち上がった。とても光栄なことだったのだが、いくらきれいにしたとは言えこの場所が訪れる人たちの目にどう映るのかが気がかりだった。
設備の整った、素敵なギャラリーはいくつもある。果たして。

ところがだ。
作品を見に訪れた人には、こちらの気がかりなアラはさほど見えていない様子だった。
(むしろこのままでいいとさえ言ってくれた)
それよりも、どうしてこの場所にこの作品があるのか不思議でたまらない様子だった。
私は何を考えていたのだろう…

日頃から、見せ掛けのものにうんざりしていた。
本音と建て前の世界。虚飾されたものに囲まれる虚無感。
削がれて削がれて、本質的なことを信じて心を動かされていないと思っていたのに。
私は大事な部分を見失っていたということか。

お隣の国で生産された食品がスーパーで売れないという。
日本の基準値以上の農薬を使って栽培された野菜を、日本の母は手に取らない。
家族の命を、自らの目で選び取り守っているのだろう。

芸術が必要なのは、同じ理由だと私は思う。
いい作品は必ずや肥やしとなり、脳にインプットされ心の内に大きな影響をもたらすに違いない。これからは、子供たちがもっと小さな頃から芸術に親しむ環境ができればいいと思う。
少しでもそのような形でお役に立てることがあれば、ここに構えた意味があるだろう。

宝石が最初はただの石の塊で、磨かれて光り輝くように
真の価値は、無骨で泥臭い中に紛れているのかもしれない。
私はそれを探す旅に出ているんだ、きっと。
                                                        

Chihiro Naito